色とりどりの華やかなフルーツ。
つやつやの艶やかなゼリー。
ぽってりと柔らかそうなムース。
宝石のようにきらきらとしたケーキが詰まったショーケースは、いつだって心を華やかにしてくれます。
極め付けは、ふわりとケーキを覆う生クリーム。ふわふわのクリームに埋もれることができたら、と思ったことが今まで何度あったかな。
そんな心踊るお菓子たちがたっぷりと出てくるのが、千早茜さんの『西洋菓子店プティ・フール』(文春文庫)。
「プティ・フール」とは、フランス語で「一口サイズの小さなお菓子」を意味する言葉。ただ甘いだけじゃなく、個性豊かで味わい深いお菓子のような6つのストーリーを楽しめる一冊です。
◆『西洋菓子店プティ・フール』のあらすじ

小さな商店街にある西洋菓子店「プティ・フール」が、この物語の舞台です。
プティ・フールで働くパティシエールの亜樹やシェフのじいちゃんを中心として、亜樹の恋人、元仕事仲間など章ごとに主人公が変わってゆく連作短編集。
”菓子の魅力ってのは背徳感”
”女を昂奮させない菓子は菓子じゃねえ”
それぞれのタイトルにもなっているお菓子は、物語の内容と絶妙にマッチしていてより一層魅力を引き立たせます。
さらに職人気質のじいちゃんの哲学が、物語のなかのそこかしこに感じられ、お菓子の描写が細かなこともあり、一編読み終わるたびに「食べてみたい」とつい思いを馳せてしまいます。
◆甘さを引き立てる、刺激と秘密

亜樹やじいちゃんなど様々な登場人物がいるなかで、私が特に心惹かれたのがネイリストであるミナが主人公の『ロゼ』。
”ネイルもスイーツもひとときで消えてしまう自己満足。あってもいいけど、きっとなくてもいいもの。”
読んでいるなかで、はっとさせられる言葉がいくつもありました。
ミナだけでなく、パティシエールとして働く亜樹も「お菓子は嗜好品だから」と卑下する場面があります。
”でも、そんな「なくてもいいもの」にあたしは今まで生かされてきた。それがあたしを強くしてくれた。スミが好きな女の人みたいにはなれないけれど、あたしにはあたしだけの世界があって、そのおかげで今こうして立っている。自分を卑下しても、自分が好きになったものを否定しちゃダメだ。”
この物語に出てくる登場人物たちは、この「なくてもいいもの」の世界で精一杯戦っています。そしてそれにコンプレックスを抱きながらも誇りをもっているから、強くまっすぐ前向きに見えるのです。
その「なくてもいいもの」に救われる人は、今までどれだけいたのかな。
それはお客さんとして登場するキャラクターだけでなく、ただの読者である私だってその一人です。
ちょっと疲れて帰ったとき。
精一杯がんばったとき。
ほっと一息つきたいとき。
生活に甘いものを添えるだけで、それは自分にとって何よりものプレゼントになる気がするのです。
◆読むときはコーヒーをお供に

全編を通して出てくる甘いお菓子。
それにまつわる少しほろ苦い物語は、まるでケーキに添えるコーヒーや紅茶のようです。
読み終わったあと、近くにあるケーキ屋さんを探して思わず買いに走ってしまうのはきっと私だけではないはず。
とはいえ、ただ甘いだけでは少しだけ物足りないもの。
ほんの少しだけ、刺激や秘密があった方がきっと味に深みが増すのです。
もしかしたら「甘いものにも毒がある」から魅力的なのかもしれないと、そう考えずにはいられない小説でした。